自分で書く出願書類は大学での成績を予測するか|志望理由書と自己記述の予測力の研究
志望理由書や自己推薦書を読めば、その生徒が大学でどのくらい勉強できるかまでわかるのでしょうか。自分で書く書類には入学後の成績と結びつく部分がありますが、それだけで成績を見通す力は弱く、読む人による評価の違いもあります。 自室で書類を推敲していると、文章の完成度が、そのまま将来の学生としての評価になるように感じるかもしれません。けれども、書類の出来栄えと入学後の学びは、別々に測って関係を確かめる必要があるものです。
- 志望理由書は、自分の関心や進学の理由を言葉で伝える出願書類です。
- Halberstam らは、海外の大学院課程で、出願時の資料と大学院での成績との関係を調べました。
- 書類と成績に関係があると聞くと、書類が選考に欠かせない材料だと感じるかもしれません。
- 読む人によって評価が違えば、本人が同じ文章を出しても結果が揺れます。
志望理由書や自己推薦書を読めば、その生徒が大学でどのくらい勉強できるかまでわかるのでしょうか。自分で書く書類には入学後の成績と結びつく部分がありますが、それだけで成績を見通す力は弱く、読む人による評価の違いもあります。 自室で書類を推敲していると、文章の完成度が、そのまま将来の学生としての評価になるように感じるかもしれません。けれども、書類の出来栄えと入学後の学びは、別々に測って関係を確かめる必要があるものです。
志望する理由を伝える役割と、将来の成績を見通す役割は同じではありません。この区別は、文章を書く意味を考えるとともに、書類にどこまで判断を任せるかを考える出発点になります。研究を読む際には、入学後の何と比べたのか、すでにある成績の情報に何が加わったのかが焦点になります。総合型選抜や学校推薦型選抜の募集要項でも、書類が選考のどの場面で使われるかによって、その役割の読み方が変わります。
書類の評価、将来の成績、評価の一致を分ける
志望理由書は、自分の関心や進学の理由を言葉で伝える出願書類です。自己推薦書も本人が自分について記述する資料ですが、研究で使われる書類の名称や設問はそれぞれ異なります。ここで扱うのは、本人が書いた文章の評価や内容と、入学後の結果との関係です。日本の書類の名前と海外の研究での名前が似ていることよりも、何を記述し、何と比べたかが研究を理解する手掛かりになります。
予測力とは、先に得た情報から、後に得られる結果の違いをどれだけ見通せるかという意味です。書類の点が高い人ほど大学での成績も高い傾向があれば、書類には成績を予測する情報が含まれていることになります。一方、信頼性は、同じものを測るときに結果がどれだけ安定するかという性質です。書類を読む人が変わっても似た評価になるかは、この信頼性に関わる問題であり、将来の成績を当てる力とは区別されます。
研究の結果を並べる前に、比べているものを次のように分けると見通しがよくなります。読み手どうしがそろうことと、その評価が後の学びに結びつくことは、別々の根拠が必要です。また、書類が持つ情報の一部が高校などの成績にも表れていれば、新たに書類を加えた価値を問う段階があります。
| 確かめる性質 | 比べるもの | 結果が示す意味 |
|---|---|---|
| 評価の一致 | 同じ書類に対する読み手どうしの評価 | 読み手が替わっても評価が安定するか |
| 成績の予測力 | 書類の評価や内容と、入学後の成績 | 書類に後の学びと結びつく情報があるか |
| 予測力の上乗せ | 過去の成績などによる予測と、書類を加えた予測 | すでにある情報に何が加わるか |
入学後の成績と結びついた内容もある
Halberstam らは、海外の大学院課程で、出願時の資料と大学院での成績との関係を調べました。自己推薦書の質は、大学院の GPA と有意に相関していました。[1] GPA は履修した科目の成績を一定の方法で平均した指標で、相関は別々の数値が一緒に高くなったり低くなったりする関係です。この研究では、学部の専門科目の成績、学部全体の成績、推薦状の質も大学院の GPA と結びついていました。[1]
同じ研究でも、教員が学生を評価した主観的な指標との関係を見ると、自己推薦書の質は相関した項目に入っていませんでした。[1] つまり、「入学後によくできたか」という言葉の中にも、履修科目の成績と教員による評価という違いがあります。書類との関係があるかを考えるときには、その先に置かれた指標の違いが結果の意味を変えます。大学院の成績と結びついたという結果は、書類の評価が学生のあらゆる面とそろうという意味とは異なります。
de Boer らは、修士課程の志望書を機械で文章解析し、話の内容と入学後の成績の関係を調べました。「その課程に特有の話」や「学びたい関心」は、成績とプラスの関係にありました。[2] 他方で、「研究の技能」「社会への影響」「都市と大学」に関する内容は、成績とマイナスの関係にありました。[2] 志望書をひとまとまりとして評価するだけでなく、その中のどの話に後の学びとの結びつきがあるかを調べた点が特徴です。
これらは、文章の内容と成績が結びついていたという結果です。特定の話題を書き足せば成績が上がると確かめた実験ではなく、もともとの関心や学びの状態が文章にも表れている可能性を含みます。また、de Boer らが扱ったのは人の採点結果ではなく、機械が分けた文章の内容です。[2] 話題ごとの関係を、出願書類に入れる語や削る語の一覧に変換する読み方は、研究の問いから外れてしまいます。
過去の成績に書類を足したときの予測力
書類と成績に関係があると聞くと、書類が選考に欠かせない材料だと感じるかもしれません。そこで次に問われるのが、過去の成績や試験の点がすでにわかっている場合にも、書類が新しい情報を加えるかです。これは「上乗せの予測力」と呼ばれる問題です。同じ将来の成績を見通す資料が複数あるなら、それぞれ単独の関係だけでなく、組み合わせたときに何が増えるかも評価の対象になります。
Murphy らのメタ分析は、複数の研究の結果をまとめて、自己推薦書と後の成績や教員評価との関係を検討しました。自己推薦書の予測力は小さく、標準化されたテストの点とそれまでの成績を考慮すると、上乗せの予測力はありませんでした。[3] 標準化されたテストとは、共通の手順や尺度で結果を比べる試験です。書類の情報とほかの資料との重なりが少なくても、後の成績を予測する力まで大きいとは限らないという結果でした。[3]
たとえば、ある資料がこれまでの成績を詳しく示し、別の資料が志望の動機を示す場合、両者は内容としては異なります。それでも、動機の情報を加えたことで大学の成績の予測がどれほど正確になるかは、実際に測定する別の問題です。内容が豊かになることと、特定の結果をよく予測することを分けると、書類に対する期待を整理できます。読み手が知りたい内容があること自体と、研究で予測力が認められることの間には、このような距離があります。
この分析は古い研究をまとめたもので、対象となる選考や学びの条件も一様ではありません。[3] その位置づけは、書類を使う理由を一括して否定することではなく、成績予測という目的に対して書類の追加が役立つかを検証することにあります。志望の理由を本人の言葉で伝える機能と、後の成績を見通す機能は別です。入試で書類を求めることの意味を考える際にも、どの機能についての話かが区別されます。
志望理由書の信頼性は採点方法にも関わる
読む人によって評価が違えば、本人が同じ文章を出しても結果が揺れます。White らは外科の研修医の選考を扱い、自己推薦書を複数の選考委員が評価したときの関係を調べました。評価者どうしの相関は -0.83 から 0.63 にわたり、全体の平均は -0.09 でした。[5] 相関がプラスなら高低のつけ方が同じ向きに動き、マイナスなら反対の向きに動くという読み方になり、この結果では評価者間に安定したそろい方が見られませんでした。
この数値は、文章がよいか悪いかを示す点数ではありません。ある読み手が高く評価した書類を、別の読み手も高く評価したかを表しています。対象は少数の書類と評価者に限られた小さな研究であり、著者らは評価の客観的な基準が欠けていたと述べています。[5] 書き手の努力量より、何を根拠に評価する仕組みだったかが前面に出る結果です。
Niessen らは、オランダの大学の心理学部への出願者が書いた 250 語の自己推薦書を調べました。採点の仕方を構造化し、見る項目や手順を整えると、評価者どうしの一致は上がりましたが、中程度にとどまりました。[4] さらに、入学後の成績や中退を予測する力はほとんどなく、採点を構造化してもその点はほぼ同じでした。[4] 読み手の評価をそろえる改善と、将来を見通す力の改善は、同時に起きるとは限らないことを示しています。
この研究では女子の書類がやや高く評価され、文章力の差が関わる可能性も挙げられています。[4] ここでも、文章に表れた特徴の評価と、大学に入ってからの成績の評価は異なります。評価の一致が中程度という説明は、受験者の性格や学習意欲が中程度という意味ではありません。採点の性質を本人の能力の断定に置き換えないことが、数値の正確な読み方です。
文章の完成度と本人の力の間にある距離
提出された文章には、本人が何を伝えたいかという内容と、それが文章としてどう整えられたかという面があります。この区別を考える材料として、Spies らの米国の医学部の志望書に関する研究があります。生成 AI が書いた疑いの強い文章の割合は、普及前の期間の 2.7% から、普及後の期間の 12.3% に増えていました。[6] これは文章を判定するツールによる推定であり、著者らもその道具の不完全さに言及しています。[6]
この結果が扱うのは、時期によって文章の作成をめぐる状況が変わっていた可能性です。入学後の成績を追って、生成 AI の利用と学力の関係を確かめた結果ではありません。したがって、ここでの役割は誰が使ったかを見抜く話ではなく、完成した文章を本人の力の直接の測定として扱う際の問題を示すことにあります。文章の整い方だけで本人を理解するよりも、そこに記された内容の位置づけを考える必要が出てきます。
文章を書くことに自信のない生徒にとって、この区別には意味があります。整った表現をすぐに作れるかという問題と、入学後に課題に取り組み学ぶ力があるかという問題は、同じ問いではありません。これまでの研究でも、文章の評価と成績が結びついた場合と、予測力がごく小さかった場合が並んでいます。[1][3][4] 今の書類をうまく書けないという悩みだけで、将来の学びまで決まったと受け止める必要はありません。
逆に、文章が得意で読みやすい書類を仕上げられる生徒にも、成績の予測力という観点は関係します。文章として伝わることと、書かれた内容がその人の学びをどの程度表しているかは、選考する側に残る異なる課題です。これは書類を丁寧に作る価値の大小を決める話ではなく、仕上がった文章をどこまで評価材料にするかという話です。書類が本人についての説明である以上、文章だけで判断が完結するかという制度上の位置づけが重要になります。
出願前に確かめるのは書類が評価される段階
研究と募集要項をつなぐ際の具体的な確認先は、「選考方法」の欄です。書類による評価が独立した段階になっているのか、それとも面接などと合わせた評価なのかを、同じ欄の選考の流れに沿って確かめます。書類が独立した選考に用いられる場合は、その段階で提出資料が判断材料になるという意味です。一方、面接と合わせる方式では、記述された内容と本人の説明を結びつけて捉える余地があるという違いがあります。
ここで「書類選考」と「志望理由書だけで選考すること」は区別されます。出願書類という言葉には、本人が書く文章以外の資料も含まれうるためです。選考方法に書かれた資料の組み合わせが、何を合わせて判断する方式なのかを示します。研究が自己推薦書の予測力を調べていても、複数の資料を用いる選考全体の精度とは、検討している範囲が異なります。
また、「面接と合わせた評価」という記述にも幅があります。書類を質問の手掛かりとして使うのか、書類と面接をそれぞれ評価するのかでは、本人の文章が担う役割が違います。こうした違いを読むときには、選考方法の欄に明示された組み合わせが基準になります。書類が提出物として並んでいるだけで、その文章が成績予測の中心だと読み込むことは、要項の記述より先に進んだ解釈です。
書類は、単独で将来を決める材料としてよりも、面接などで中身を確かめる前提の資料として捉えるのが妥当です。今回の研究では、自己記述の一部と入学後の成績に関係があり、採点手順を整えると評価の一致が改善する例も示されました。[1][2][4] 日本の年内入試で書類を面接と組み合わせたとき、成績の予測力がどれほど増すかは、今後の検証を要する問いです。
よくある質問
担任が書く推薦書にも同じ結果が当てはまるか
本人が自分について書く書類と、担任など別の人が書く推薦書は、情報を伝える立場が異なります。Halberstam らの研究には推薦状も含まれますが、そこで扱われた推薦状と日本の高校の推薦書には、作成の条件や選考上の役割の違いがあります。[1] 自己推薦書についての予測力の小ささを、名前の似た書類全般の評価として広げると、誰が何を記した資料なのかが抜け落ちてしまいます。
保護者が読んだ感想も評価者の一致に含まれるか
研究でいう評価者の一致は、ある選考の評価者が同じ書類を採点した結果の関係です。保護者が「気持ちが伝わる」と感じることと、選考で用いる観点に基づいて評価することは、目的が異なります。身近な人との率直な感想の違いは起こりえますが、その違いだけで、出願先の評価者間の一致や採点の精度を測ったことにはなりません。
選考で低く評価されたら大学の成績も低くなるのか
集団の中で書類の点と成績が一緒に動く傾向を調べることと、ある生徒の将来を確定することは別です。予測の研究は、入学後に得られた結果を出願時の情報と照らして、その関係の強さを扱います。個人の書類の評価には読み手や採点方法も関わるため、その点だけを、本人がこれから学べる範囲や学ぶ価値の評価として受け止めるものではありません。
この記事の限界
適用範囲は、海外の大学院や学部、医師の研修の選考などで扱われた自己記述の評価に限られ、学ぶ段階や専門分野の異なる結果を並べています。古い研究を含み、少数の資料による評価者間の比較と、機械による文章解析もあるため、書類の評価方法と後に測った成績の違いが解釈に残ります。
日本の年内入試を直接検証した研究は含まれず、個別の出願の可否や入学後の成績を判断する際には、研究が測った範囲との隔たりが残ります。選考資料の使い方は年度ごとに更新されるため、判断の根拠としては最新の募集要項と大学の発表がこの記事に優先します。
参考文献
- Halberstam ほか. The Predictive Value of Admissions Materials on Objective and Subjective Measures of Graduate School Performance in Speech-Language Pathology. Journal of Higher Education Policy and Management. 2005;27(2):261-272.
- de Boer ほか. Dear admission committee…: Which moves in application essays predict student master grades? PLoS One. 2024;19(6):e0304394.
- Murphy ほか. The Predictive Power of Personal Statements in Admissions: A Meta-Analysis and Cautionary Tale. College and University. 2009;84(4):83-86, 88.
- Niessen ほか. Using Personal Statements in College Admissions: An Investigation of Gender Bias and the Effects of Increased Structure. International Journal of Testing. 2022;22(1):5-20.
- White ほか. Is the evaluation of the personal statement a reliable component of the general surgery residency application? Journal of Surgical Education. 2012;69(3):340-343.
- Spies ほか. Estimating the Prevalence of Generative AI Use in Medical School Application Essays: Cross-Sectional Study. JMIR Medical Education. 2026;12:e96673.
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よくある質問
担任が書く推薦書にも同じ結果が当てはまるか
本人が自分について書く書類と、担任など別の人が書く推薦書は、情報を伝える立場が異なります。Halberstam らの研究には推薦状も含まれますが、そこで扱われた推薦状と日本の高校の推薦書には、作成の条件や選考上の役割の違いがあります。[1] 自己推薦書についての予測力の小ささを、名前の似た書類全般の評価として広げると、誰が何を記した資料なのかが抜け落ちてしまいます。
保護者が読んだ感想も評価者の一致に含まれるか
研究でいう評価者の一致は、ある選考の評価者が同じ書類を採点した結果の関係です。保護者が「気持ちが伝わる」と感じることと、選考で用いる観点に基づいて評価することは、目的が異なります。身近な人との率直な感想の違いは起こりえますが、その違いだけで、出願先の評価者間の一致や採点の精度を測ったことにはなりません。
選考で低く評価されたら大学の成績も低くなるのか
集団の中で書類の点と成績が一緒に動く傾向を調べることと、ある生徒の将来を確定することは別です。予測の研究は、入学後に得られた結果を出願時の情報と照らして、その関係の強さを扱います。個人の書類の評価には読み手や採点方法も関わるため、その点だけを、本人がこれから学べる範囲や学ぶ価値の評価として受け止めるものではありません。