短所や失敗を打ち明けると面接官にどう見えるか|弱みの開示と印象の研究
面接で短所や失敗を正直に話すと、面接官からの評価は下がるのでしょうか。弱みを打ち明けたときの印象は内容と場面によって変わり、短所に見せかけた自慢はかえって不誠実に映ることがあります。 失敗を話せば低く評価されるとも、率直に話せば好ましく受け取られるとも決めつけず、何を伝える発言なのかを分けて考える必要があります。
- 短所は、自分の行動や考え方に繰り返し現れる傾向を表す言葉として使われます。
- Sezerらは、謙遜や不満を装った自慢を扱いました。
- Brooksらは、成功だけを伝える場合に比べて、その途中の失敗も明かすと聞き手の感情がどう変わるかを調べました。
- Dolnikらは、不利な事実を相手より先に自分から明かす「先手の開示」を、法廷の模擬実験で調べました。
面接で短所や失敗を正直に話すと、面接官からの評価は下がるのでしょうか。弱みを打ち明けたときの印象は内容と場面によって変わり、短所に見せかけた自慢はかえって不誠実に映ることがあります。 失敗を話せば低く評価されるとも、率直に話せば好ましく受け取られるとも決めつけず、何を伝える発言なのかを分けて考える必要があります。
控室で順番を待ちながら、「短所を長所に言い換えた答えなら安心だろうか」と気になる場面を考えてみます。答えの響きは整っていても、聞かれたことに答える説明と、自分をよく見せる説明は同じではありません。短所という言葉で性格を尋ねられる場合と、失敗した出来事を尋ねられる場合でも、話の中心は変わります。
総合型選抜や学校推薦型選抜の準備では、短所の名前だけを選ぶより、その質問がどのような面接で出されるのかが問題になります。募集要項の評価の観点は評価対象を、実施方法は話を交わす場の形を示すものです。弱みの開示を扱った研究をこの区別に沿って読むと、「正直さ」と「評価される内容」を混同せずに、答えの意味を捉えられます。
面接で短所を語ることと、失敗を説明すること
短所は、自分の行動や考え方に繰り返し現れる傾向を表す言葉として使われます。一方、失敗は、ある目的に向けた行動が期待した結果に結びつかなかった出来事です。「決めるまでに時間がかかる」という傾向と、「判断を先送りして共同作業が遅れた」という出来事にはつながりがありますが、同じ情報を伝えているわけではありません。前者だけなら自分につけた呼び名、後者まであれば場面の説明になります。
たとえば、相談するのが遅れた出来事について、どこで判断に迷い、誰の作業に影響したのかを述べると、聞き手は話の対象を具体的に捉えられます。「慎重すぎる性格です」という表現だけでは、慎重さが役立った話なのか、困りごとの説明なのかが曖昧です。ここで変わるのは出来事の大きさではなく、聞き手に渡る情報の種類です。性格の名前が同じでも、説明される行動は人によって違います。
募集要項にある面接の「評価の観点」は、大学が何を評価すると示しているかを読む欄です。「実施方法」は、個人か集団か、出願書類にもとづく質問かといった進め方を読む欄です。どちらも面接に関する記載ですが、前者は見る内容、後者はその内容を確かめる場の形に関わります。短所を話すことによる印象の変化と、要項に示された観点に沿う説明になっているかは、分けて捉えられます。
「自分には短所がある」と認めることだけでは、失敗した状況やその後の行動までは伝わりません。逆に、出来事の説明が具体的であっても、自分を強く責める言葉を添える必要はありません。弱みの話には、事実を説明する面と、自分をどのような人物として見せるかという面が重なっています。研究が扱っているのは、主に後者を聞き手がどう受け取るかという問題です。
短所に見せかけた自慢は、不誠実に映ることがある
Sezerらは、謙遜や不満を装った自慢を扱いました。これは、自分を低く見せたり困っている様子を示したりしながら、実際には優れた点を伝える表現で、ハンブルブラッグと呼ばれます。日記を使った研究や現場実験を含む9研究では、この表現は率直な自慢よりも好感と有能さの評価を下げていました。その理由として、不誠実に見えることが示されています。[1]
たとえば「何でもできるので、周りから頼られすぎるのが短所です」という答えは、文の形では困りごとを述べています。しかし、中心にある情報は能力の高さや周囲からの評価です。聞き手がこのずれに気づけば、短所を聞いたのに自慢を聞かされたと受け取る余地があります。この例は研究の回答を再現したものではなく、謙遜を装った自慢という表現の仕組みを説明する例です。
研究の比較相手が「率直な自慢」だった点も大切です。ここで示されたのは、控えめな言葉をかぶせることが、自慢の印象をよくするとは限らないという結果です。短所の話を一切しない人や、失敗から学んだことを話す人と、すべての条件で比べた結果という意味ではありません。評価の向きを読むには、何を話した人と何を話した人を比べたのかが欠かせません。
答えを考える際の助言は、長所への言い換えを探す前に、実際に困った場面で自分が取った行動を言葉にすることです。「頑張りすぎる」といった語も、それ自体で良し悪しが決まるわけではありません。何が起きたのかを説明するための語なのか、褒めてほしい点を隠すための語なのかで、発言の働きが変わります。短所らしい語を選ぶことと、質問に率直に答えることには、この違いがあります。
失敗を添えると、成功の受け止め方が変わる
Brooksらは、成功だけを伝える場合に比べて、その途中の失敗も明かすと聞き手の感情がどう変わるかを調べました。オンライン実験3件と、起業家の発表会での現場実験を通じて、失敗の開示は悪意ある妬みを減らし、傲慢さの印象を下げる方向の結果を示しました。悪意ある妬みとは、成功した相手を引き下ろしたい方向に向かう妬みです。著者は現場実験の結果を、確定的というより示唆的なものと位置づけています。[2]
この研究では、失敗が成功への道筋の一部として語られています。成功だけが並ぶ話に、途中でうまくいかなかった経験が加わることで、聞き手が話し手を見る材料が変わるという構図です。失敗の数や深刻さを増やすほど評価が上がるという話ではなく、成功の伝え方を比べた結果です。「弱みを話す」という共通点だけで、短所を尋ねる質問と同じ状況に扱うと、この比較が見えにくくなります。
たとえば、活動を最後までやり遂げた話と、途中の行き違いも含めた話では、後者のほうが出来事の経過を多く伝えます。聞き手が知るのは完成した成果だけでなく、そこに至るまでの過程です。ただし、経過を詳しく伝えることと、成果そのものの評価は別の問題です。傲慢に見えにくくなるという結果は、試験で高い点を得るという結果と区別して読む必要があります。
Sezerらの研究と並べると、同じ控えめな表現でも働きが異なることが見えてきます。短所の形を借りて優れた点を主張する話と、成功の過程に実際の失敗を含める話では、聞き手に渡る情報が違います。[1][2] 前者は言葉の表面と意図のずれ、後者は成功だけでは見えない経過が論点です。失敗を口にしたかどうかだけでなく、話全体の中で失敗がどんな役割を担っているかが重要になります。
先に明かす効果には、比較の条件がある
Dolnikらは、不利な事実を相手より先に自分から明かす「先手の開示」を、法廷の模擬実験で調べました。模擬陪審員の判断は和らぎ、その事実の意味も軽く受け取られました。一方で、相手側から、それが戦術として用いられていると指摘されると効果は消えました。早く話すことだけでなく、話す意図がどう受け取られるかも関わる結果です。[3]
先に話せばよいという読み方では、後半の結果を落としてしまいます。率直な説明として受け止められる発言も、印象を操作するための手段だと受け止められれば、働き方が変わっています。これは、言葉の内容だけでなく、聞き手が発言の理由をどう推測するかという問題です。前の節の失敗の開示と同じく、表面上の「弱みを言った」という共通点だけでは効果を説明しきれません。
研究どうしの違いは、比較相手と測った結果を並べると明確になります。好感、傲慢さ、判断の厳しさ、採用の見込みは、それぞれ異なる評価です。以下の表は、開示の量や率直さを共通の尺度に並べた順位表ではなく、各研究が何を比べたかを示しています。
| 研究 | 比べた内容 | 主に示された結果 |
|---|---|---|
| Sezerら [1] | 謙遜や不満を装った自慢と率直な自慢 | 前者で好感と有能さの評価が低下 |
| Brooksら [2] | 成功だけの話と途中の失敗を含む話 | 失敗の開示で妬みと傲慢さの印象が低下 |
| Dolnikら [3] | 不利な事実を先に明かす場合など | 判断が和らいだが、戦術だと指摘されると効果が消失 |
| Sterkensら [4] | がんによる職歴の空白がある応募者と空白のない応募者など | 比較相手によって採用の見込みの評価が異なる |
| Dalginら [5] | 目に見えない障害を明かす詳しさの違い | 詳しさによる採用判断の有意な差は見られない |
病歴や障害の開示は、短所の説明と分ける
Sterkensらは、米国と英国の人事などの専門職に、想定された応募者を評価してもらう実験を行いました。がんによる職歴の空白を明かした応募者は、空白のない応募者より採用の見込みを低く評価されました。一方、うつ病や個人的理由による同じ空白と比べると、その不利は小さくなっていました。ここでも、空白がない人と比べるか、別の理由で空白がある人と比べるかが結果を読む鍵です。[4]
Dalginらは、雇用者60人に面接場面の説明を示し、目に見えない障害をどこまで詳しく開示するかによる違いを調べました。開示の詳しさによって、採用判断や雇用されやすさの評価に統計的に有意な差は見られませんでした。有意な差がないとは、この実験では偶然の揺れと区別できる差を捉えられなかったという意味です。一方、精神障害の候補者は身体障害の候補者より低く評価されており、開示量と開示内容では結果が異なっています。[5]
病歴や障害の開示は本人の短所の説明とは別であり、話すかどうかは本人が決めてよいことです。「弱み」という広い呼び方の中に、行動上の癖、過去の失敗、健康や障害に関する情報を入れると、性質の違う話が混ざります。病歴による職歴の空白は、本人の性格や努力不足を表す言葉ではありません。これらの研究が示すのは、情報を受け取る側の評価が、何を明かされたかによって違うという点です。
そのため、私的な情報まで詳しく話すことを「誠実さの程度」と同一視する説明は適切ではありません。Sezerらが扱った不誠実さの印象は、謙遜や不満を装った自慢に対するものです。[1] それを、病歴などを多く話す人ほど誠実に見えるという主張に変えると、比較の対象が入れ替わってしまいます。言葉の使い分けだけでなく、研究でどの種類の情報を扱っていたかにも区別が必要です。
出願前には評価の観点と実施方法を照合する
出願前に確かめるのは、募集要項の面接の「評価の観点」と「実施方法」の記載です。実施方法では、個人か集団か、書類にもとづいて質問すると書かれているかを、評価の観点と並べて読みます。これは短所を尋ねる質問の出題を予想する作業ではなく、自分についてどのような形で説明する場かを把握する作業です。研究が示した印象の変化とは別に、実際の試験には要項が示す枠組みがあります。
個人面接と集団面接では、その場で説明を聞く人の構成が違います。書類にもとづく質問であれば、話の手がかりとなる記述が既にあるという違いもあります。たとえば、提出した書類に活動の成果を書いている場合、その成果に至る経過と失敗の関係は、書類の記述を背景にした話になります。「短所」という語だけを取り出すよりも、質問の前提がどこにあるかを捉えやすくなります。
保護者と準備を進める場合は、本人が話したい内容の範囲を先に共有しておくことが役立ちます。聞き手の役目は、より深刻な失敗や私的な事情を引き出すことではなく、本人の説明を聞くことにあります。本人の言葉をすべて整った表現に変えると、出来事よりも表現の印象を優先する作業になりやすくなります。話せる内容と話したくない内容の境目も、本人についての大切な情報です。
研究を通して見えるのは、弱みの存在そのものより、何をどの文脈で語ったかによって受け止めが変わるという点です。生徒にとっては、短所を美点に変換することだけが自分を説明する道ではないという意味を持ちます。保護者にとっては、失敗を消した人物像を用意するより、本人が経験をどう捉えているかに耳を傾ける意味があります。
よくある質問
大きな挫折の経験がないと答えられないのですか
失敗という言葉は、進路が変わるほどの大きな出来事だけを指すものではありません。目標どおりに進まなかったこと、予想と結果が違ったことも、出来事としては失敗の範囲に入ります。身近な経験を話すことと、経験を大きく見せることは別であり、話題の劇的さを競うという前提を置く必要はありません。経験が小さいという理由だけで、自分について説明できる材料がなくなるわけではありません。
失敗に友人が関わっている場合、実名が必要ですか
出来事の関係を説明するための情報と、相手を特定する情報は別です。「共同作業の相手」「同じ係の人」という関係だけでも、役割や行き違いの内容を説明できる場合があります。実名を出すこと自体が、失敗の原因や自分の関わりを明確にするわけではありません。誰がどの役割を担ったかという説明と、名前による特定を区別すると、話に必要な情報の範囲を捉えられます。
まだ改善の途中にある短所も説明できますか
過去の出来事と、現在の状態は、時点の違う情報として説明できます。改善が終わった話と、取り組みを始めて経過を見ている話では、結末の形が異なります。まだ結果が出ていないことを述べるのは、今どこまで進んだかを表すことであり、何もしていないと述べることとは違います。完了した経験だけが、自分の行動を振り返る材料になるわけではありません。
この記事の限界
比較されているのは、謙遜を装う自慢と率直な自慢、成功だけの話と失敗を添えた話、職歴の空白の理由や開示の詳しさなどであり、共通の質問に対する面接点の差を並べたものではありません。採用・法廷・発表などの研究で、古い実験や小規模な実験も含まれるため、その結果を日本の年内入試の面接評価にそのまま当てはめることはできません。
日本の年内入試で短所への回答を直接比べた根拠が乏しいため、印象の研究だけで個別の出願判断を代行することはできません。面接の評価の観点や実施方法は年度によって変わり、受験する年度の募集要項と大学の発表が判断の基準になります。
参考文献
- Sezer ほか. Humblebragging: A distinct-and ineffective-self-presentation strategy. Journal of Personality and Social Psychology. 2018;114(1):52-74.
- Brooks ほか. Mitigating malicious envy: Why successful individuals should reveal their failures. Journal of Experimental Psychology: General. 2019;148(4):667-687.
- Dolnik ほか. Stealing thunder as a courtroom tactic revisited: processes and boundaries. Law and Human Behavior. 2003;27(3):267-287.
- Sterkens ほか. Disclosing the 'Big C': what does cancer survivorship signal to employers? The European Journal of Health Economics. 2024;25(4):671-688.
- Dalgin ほか. Invisible Disability Disclosure in an Employment Interview: Impact on Employers' Hiring Decisions and Views of Employability. Rehabilitation Counseling Bulletin. 2008;52(1):6-15.
要項の一文を、あなたの出願書類の一文に変えるところまで付き合う
- 向く人: 要項を読んでも、自分の評定と英検で出せる方式を絞り切れない高校生
- 向く人: 志望理由書と小論文を、出願の数か月前から一対一で書き直していきたい人
- 向かない人: 志望理由書や活動報告書を代わりに書いてほしい人
- 向かない人: 要項を自分で読まずに、受かるかどうかの見込みだけを知りたい人
このサイトは武蔵野個別指導塾の運営者が制作しています。武蔵境駅から徒歩30秒の完全1対1で、総合型選抜は代表の宮川が専任で担当し、ほかの科目は大学教員や東京大学などの大学院生が教えます。アルバイト講師はいません。
よくある質問
大きな挫折の経験がないと答えられないのですか
失敗という言葉は、進路が変わるほどの大きな出来事だけを指すものではありません。目標どおりに進まなかったこと、予想と結果が違ったことも、出来事としては失敗の範囲に入ります。身近な経験を話すことと、経験を大きく見せることは別であり、話題の劇的さを競うという前提を置く必要はありません。経験が小さいという理由だけで、自分について説明できる材料がなくなるわけではありません。
失敗に友人が関わっている場合、実名が必要ですか
出来事の関係を説明するための情報と、相手を特定する情報は別です。「共同作業の相手」「同じ係の人」という関係だけでも、役割や行き違いの内容を説明できる場合があります。実名を出すこと自体が、失敗の原因や自分の関わりを明確にするわけではありません。誰がどの役割を担ったかという説明と、名前による特定を区別すると、話に必要な情報の範囲を捉えられます。
まだ改善の途中にある短所も説明できますか
過去の出来事と、現在の状態は、時点の違う情報として説明できます。改善が終わった話と、取り組みを始めて経過を見ている話では、結末の形が異なります。まだ結果が出ていないことを述べるのは、今どこまで進んだかを表すことであり、何もしていないと述べることとは違います。完了した経験だけが、自分の行動を振り返る材料になるわけではありません。