出願した人のSNSの投稿は選考で見られるか|ソーシャルメディアと選考の研究
出願後に大学がSNSの投稿まで見るのか気になり、過去の投稿を消すべきか迷う人がいます。大学による閲覧の有無は断定できませんが、投稿を見た場合に評価が動く可能性と、その見方の公正さを分けて考える必要があります。大学が出願者のSNSを見るかは募集要項に書かれていないことが多く、記載がないだけで閲覧の有無を決めることはできません。ここで扱うのは採用や候補者の評価を扱った研究で、日本の年内入試を調べた研究ではありません。
- 募集要項の「出願書類」「提出物」は、本人が大学に何を渡すのかを定める欄です。
- Türkerの研究は、トルコの高級ホテルで採用にかかわる管理職と人事担当者480人に、架空の候補者の履歴書とSNSのプロフィールを見せる実験でした。
- Melãoの研究は、採用担当者429人への質問紙と、24人への聞き取りを組み合わせて、選考の各段階でSNSがどう使われるかを調べました。
- Massarの研究では、女子学生を対象にした実験で、SNSからわかる女性の候補者の交際歴が、学生自治会の役員候補としての評価を変えるかを調べました。
出願後に大学がSNSの投稿まで見るのか気になり、過去の投稿を消すべきか迷う人がいます。大学による閲覧の有無は断定できませんが、投稿を見た場合に評価が動く可能性と、その見方の公正さを分けて考える必要があります。大学が出願者のSNSを見るかは募集要項に書かれていないことが多く、記載がないだけで閲覧の有無を決めることはできません。ここで扱うのは採用や候補者の評価を扱った研究で、日本の年内入試を調べた研究ではありません。
帰りの電車でSNSを開いたとき、活動の報告と友人との日常の投稿が同じ画面に並ぶことがあります。出願書類には活動の成果を説明していても、SNSではその日の感想や途中の様子だけを載せているかもしれません。読む目的を知らないまま、画面に映るものすべてを入試の評価材料だと考えると、準備すべきことまで見えにくくなります。
判断の手掛かりは、提出を求められた情報が何かという手続きと、人が投稿からどんな印象を受けるかという研究です。投稿から受ける印象には、能力の説明だけでなく、読む側の好みや偏見も入り込みます。受験生の備えを考えるときにも、見る側が負う公正な評価の責任を抜かすことはできません。
総合型選抜のSNSは提出物の指定から考える
募集要項の「出願書類」「提出物」は、本人が大学に何を渡すのかを定める欄です。活動報告書の文章、作品そのもの、作品を集めた資料であるポートフォリオでは、読み手に示す情報のまとまりが変わります。URLの記入欄がある場合も、個々の作品を示す欄なのか、活動全体の紹介先を示す欄なのかによって意味が変わります。欄の名前だけでなく、その欄に添えられた説明が、提出する対象を定める手掛かりになります。
最初の行動は、出願書類にSNSのアカウントや作品のURLを書く欄があるかを、募集要項で確かめることです。「作品を提出」と「作品の掲載先を記入」では、受け取る側に届くものが変わります。また、必須の資料、任意の資料、指定外の資料についての記載は、リンクを追加してよいかを考える際の根拠になります。SNSを使っているという理由だけで、アカウント全体を提出物に含める発想に進む必要はありません。
個人情報の取り扱いの記載には、集めた情報の利用目的などが示されます。その文章を、SNSを閲覧するという具体的な説明に読み替えるのは早計です。たとえば出願情報を選考に用いるという説明があっても、そこから投稿の閲覧範囲や確認の方法まで読み取れるとは限りません。提出する資料を定める説明、情報を扱う目的の説明、選考の評価項目は、それぞれ何について述べている文なのかに沿って読むと、要項の記載より大きな意味を持たせずに済みます。
投稿を見せる実験で採用の意向が動いた
Türkerの研究は、トルコの高級ホテルで採用にかかわる管理職と人事担当者480人に、架空の候補者の履歴書とSNSのプロフィールを見せる実験でした。プロフィールには、専門職らしく見えるものと、そう見えないものが用意されました。好ましくない投稿は、資格の高い候補者についても職務能力の印象を打ち消し、採用の意向を下げました。専門職らしい投稿は採用の意向を支えていました。[1]
この実験で注目したいのは、履歴書に書かれた資格だけで判断が完結しなかったことです。候補者の能力を示す情報があっても、投稿から受けた印象が評価に入り込んでいました。したがって、書類に十分な内容があれば投稿の印象は何も作用しない、と考える根拠にはなりません。一方、実験では担当者にプロフィールを見せているため、そもそも誰のSNSを探すのかという行動の頻度を測った結果ではありません。[1]
また、「専門職らしい」という評価の軸は、仕事に採用する場面で設定されたものです。高校生の私生活に、仕事の候補者に向けられた期待をそのまま持ち込む理由にはなりません。この研究の使い道は、受験生向けに好印象の投稿の型を作ることより、評価者が追加の情報に触れたとき、能力の情報の受け止め方まで変わることを理解する点にあります。実際の入学後の学びではなく、採用したいという意向が結果だったことも、数字を読むうえで大切です。[1]
閲覧の方法が一定でないという問題
Melãoの研究は、採用担当者429人への質問紙と、24人への聞き取りを組み合わせて、選考の各段階でSNSがどう使われるかを調べました。同じ応募者のプロフィールを、目的を変えて何度も見る使い方もありました。SNSの情報を評価する方法はたいてい決まった手順によらず、選考に悪い影響が出るおそれも見られました。投稿の内容だけでなく、どのような手順で読むかが問題になる研究です。[2]
ここでいう手順とは、評価者が何を情報として取り上げ、どの基準に結びつけるかという道筋です。同じ投稿を読んでも、活動の継続を知ろうとしているのか、人物の印象を得ようとしているのかによって、注目する箇所は変わります。研究でも目的を変えた閲覧が報告されており、SNSを見るという一言の中に複数の使い方が含まれていました。閲覧されたことと、どんな意味を付けて評価されたかを、一つの出来事として扱わないほうが研究の結果を正確に捉えられます。[2]
出願の不安を考える際も、画面にある情報には異なる役割があります。次の表は特定の大学の運用を示すものではなく、要項の文章と投稿を読む際の整理です。どの情報も同じ重さの評価材料だと考える前に、何を伝えるために存在する情報かが焦点になります。
| 情報の種類 | その情報が伝えるもの | 読むときの焦点 |
|---|---|---|
| 要項で求める作品やURL | 提出対象になった作品や活動 | 指定された対象と提出方法 |
| 活動についての公開投稿 | その時点の報告や本人の説明 | 日付、担当した役割、活動の経過 |
| 日常の感想や私的な写真 | 交流の場で示された一面 | 選考の目的と結びつく内容か |
| 個人情報の取り扱いの記載 | 情報を利用する目的など | 文中で説明されている対象と範囲 |
私的な情報への偏見は見る側の課題
Massarの研究では、女子学生を対象にした実験で、SNSからわかる女性の候補者の交際歴が、学生自治会の役員候補としての評価を変えるかを調べました。交際相手が多い候補者は全般に低く評価されました。偏見の由来を説明する情報を添えた場合、偏りを和らげる結果は一貫していませんでした。職務と関係のない私的な情報でも評価が動くことを示しています。[3]
この結果を、評価の低かった候補者の生活が改められるべきだったという話にするのは、研究から読む論点を取り違えています。求める役割と関係のない情報に反応してしまうこと自体が、評価者側の問題だからです。SNSの印象が判断に入るという事実を認めることと、その印象に従う選考を適切と認めることは同じではありません。Massarの研究は、投稿の管理を本人の責任だけにすると見落とされる問題を示しています。[3]
Vosenは、SNSによる応募者の確認を扱う研究を、決まった手続きで文献を集める系統的レビューによって検討しました。焦点は手続きの公正さ、つまり選考の進め方が公平であるかという点です。採用担当者に明確な指針がなければ、プライバシーの侵害、不当な差別、不正確な情報による誤った選考の余地が大きく、公正とはいえないと論じています。指針と手順を定めれば公正さを高められるとも述べており、問題の解決を応募者の見せ方だけに求めていません。[4]
活動の説明と公開範囲を点検する
次の行動は、出願書類で触れた活動について、公開の投稿と書類の内容が食い違っていないかを一度見直すことです。対象は、自分を立派に見せる言葉の多さではなく、活動の時期、担当した部分、完成までの経過などの事実です。たとえば投稿の日が作品の完成日より後なら、日付が違うだけで内容が矛盾しているとはいえません。制作の時点と報告の時点が混ざると、一つの活動を説明する文章どうしでも見かけ上のずれが生じます。
共同で作った作品についても、全体の紹介と本人が担当した範囲は文章の目的によって書き方が変わります。書類では自分の担当を説明し、投稿では参加者全体の成果を紹介している場合、主語の違いがあるだけかもしれません。逆に、書類の中で共同の成果すべてを自分の仕事として書いていれば、本人の役割の説明が大きくなっています。この点検は過去の投稿を受験向けの表現にそろえる作業ではなく、提出する説明が事実に沿っているかを考えるためのものです。
残る行動は、他人の写真や個人情報を含む投稿について、選考と関係なく公開の範囲を見直すことです。自分の活動の報告でも、ほかの人の顔や生活の情報が一緒に含まれる場合には、その人にもかかわる公開になります。自分の印象を整えることだけを目的にすると、写っている人の事情が視野から落ちます。これは投稿を一括して消すという結論ではなく、その情報を誰に向けて公開しているのかを扱う行動です。
投稿の削除を一律の入試対策にしない
削除について迷うときは、活動を提出する目的と、日常の交流のために公開する目的が同じ画面に重なっていることが背景にあります。作品の紹介を求められている人にとっては、何を提出するかが具体的な手続き上の問題です。一方、日常のアカウントを使っているというだけで、作品の提出と同じ準備が必要になるわけではありません。「出願する人」という一つの括りで全員の投稿の扱いを決めると、こうした目的が抜け落ちます。
採用の研究を根拠に、受験前には投稿を消すべきだとも、そのまま残すべきだとも一律には勧められません。Türkerが調べたのはプロフィールを見せた場合の採用の意向であり、Melãoが示したのは評価の手順が一定でない実態でした。[1][2]また、MassarとVosenの研究からは、私的な情報による偏りと、その情報を扱う側の責任が浮かびます。[3][4]これらを並べると、受験生が好印象を作り続ければ解決するという読み方には、選考の公正さという重要な論点が欠けています。
提出物の条件は、自分が説明を求められる範囲を考えるための手掛かりになります。閲覧されるかもしれないという想像だけで日常のすべてを選考用の資料に変えると、何のための準備なのかが曖昧になります。生徒にとって大切なのは、本人が伝える活動の事実と、他人も含む公開情報への責任を落ち着いて扱うことです。保護者にとって大切なのは、投稿の印象だけを責めるのでなく、選考の条件と見る側の公正さを含めて不安を受け止めることです。
よくある質問
活動の実績としてSNSの投稿を出してよいか
SNSに掲載された記録というだけで、提出できる資料とは決まりません。提出先が認める形式に投稿が含まれるかという条件に加え、その記録で何を示すのかが関係します。作品の内容を示す場合と、活動が行われた経過を示す場合では、読む側に必要な説明も変わります。投稿への反応の多さだけを活動の価値として扱うのでなく、本人の役割や取り組みを説明する資料として位置づける考え方になります。
アカウントを鍵付きにすると不自然に見えるか
公開範囲を限定している状態だけで、人物の誠実さを決めるのは適切ではありません。身近な相手と交流するアカウントには、その相手に向けた使い方があります。ただし、提出資料として指定された掲載先に閲覧の制限がある場合は、資料が読めるかという手続き上の問題が生じます。その場合の論点は本人の印象ではなく、求められた資料を相手が受け取れる形式になっているかです。
友人が自分を写した投稿はどうするか
友人の投稿では、公開を操作する立場にいるのは投稿した友人です。写っていることが気になる場合は、相手にその気持ちを伝え、掲載の扱いを相談するという関係上の問題になります。選考への影響を断言して相手を責める必要はなく、自分がその写真の公開をどう受け止めているかが話の中心です。学校生活にかかわり、当事者どうしで話すことが難しい場合には、学校の先生が相談先になります。
この記事の限界
適用範囲は、トルコのホテルでの採用実験、採用担当者への質問紙と聞き取り、女子学生による候補者の評価、選考手続きのレビューが示す範囲です。研究ごとに対象、実施された時期、判断の目的がそろっておらず、入試での閲覧の頻度や投稿の削除による結果を推定する材料にはなりません。
募集要項は年度ごとに変わり、提出するURLや作品、個人情報の取り扱いについては、その年度の最新の要項と大学の発表が優先します。印象と公正さの論点は条件を読むための補助にとどまり、本人の提出物や志望する方式に即した個別の出願判断とは役割を分けて扱います。
参考文献
- Türker ほか. Digital footprints and recruitment: an experimental study on the impact of social media content on hiring decisions. Frontiers in Psychology. 2025;16:1693850.
- Melão ほか. Selecting talent using social networks: A mixed-methods study. Heliyon. 2020;6(4):e03723.
- Massar ほか. Social Media as Input for Recruiment: Does Women's Relationship History Affect Candidate Evaluations? Psychological Reports. 2025;128(2):1187-1203.
- Vosen. Social Media Screening and Procedural Justice: Towards Fairer Use of Social Media in Selection. Employee Responsibilities and Rights Journal. 2021;33(4):281-309.
要項の一文を、あなたの出願書類の一文に変えるところまで付き合う
- 向く人: 要項を読んでも、自分の評定と英検で出せる方式を絞り切れない高校生
- 向く人: 志望理由書と小論文を、出願の数か月前から一対一で書き直していきたい人
- 向かない人: 志望理由書や活動報告書を代わりに書いてほしい人
- 向かない人: 要項を自分で読まずに、受かるかどうかの見込みだけを知りたい人
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よくある質問
活動の実績としてSNSの投稿を出してよいか
SNSに掲載された記録というだけで、提出できる資料とは決まりません。提出先が認める形式に投稿が含まれるかという条件に加え、その記録で何を示すのかが関係します。作品の内容を示す場合と、活動が行われた経過を示す場合では、読む側に必要な説明も変わります。投稿への反応の多さだけを活動の価値として扱うのでなく、本人の役割や取り組みを説明する資料として位置づける考え方になります。
アカウントを鍵付きにすると不自然に見えるか
公開範囲を限定している状態だけで、人物の誠実さを決めるのは適切ではありません。身近な相手と交流するアカウントには、その相手に向けた使い方があります。ただし、提出資料として指定された掲載先に閲覧の制限がある場合は、資料が読めるかという手続き上の問題が生じます。その場合の論点は本人の印象ではなく、求められた資料を相手が受け取れる形式になっているかです。
友人が自分を写した投稿はどうするか
友人の投稿では、公開を操作する立場にいるのは投稿した友人です。写っていることが気になる場合は、相手にその気持ちを伝え、掲載の扱いを相談するという関係上の問題になります。選考への影響を断言して相手を責める必要はなく、自分がその写真の公開をどう受け止めているかが話の中心です。学校生活にかかわり、当事者どうしで話すことが難しい場合には、学校の先生が相談先になります。